なぜ家族による介護は難しいのか
なぜ在宅介護ではなく、福祉施設での介護になるのか?
11月12日毎日新聞にて非常に興味深い記事がありましたのでご紹介します。
大便にまみれながらの入浴介助、食べようとしない老人への食事介助など、特別養護老人ホームで展開されるプロの介護の現場を見てきた。
では家族に介護が必要になった時、自宅なら家族はどこまで介助ができるのだろうか――。
宮崎市高岡町の特養「裕生園」の介護主任、甲斐ミツ子さん(61)は、同居していた夫の両親をそれぞれ特養に預けた。甲斐さんは、プロの介護職員であるという自負もあり、義母が要介護度3になるまでは自宅で介護していた。しかし職務に加えた自宅介護は過酷な肉体労働だった。
特養の仕事を終え、くたくたになって自宅へ帰ると、ここでも義母の介護が待っている。フロに入れ、排せつの世話をする。午前1時に床に就き、午前5時には朝の介護のために起きなければならなかった。自身の心の方が不安定になり、精神安定剤に頼った。
結局、家族が共倒れになる恐れから、特養に頼ることになった。
プロでさえ家族による介護は難しいのだ。なぜ自宅介護より施設に預ける方が主流になりつつあるのか。その理由を山井和則、斉藤弥生著「日本の高齢者福祉」(岩波新書)は4つにまとめている。
(1)狭くて高齢者の部屋がない、車いすが使えないという住宅の壁がある
(2)共働きによる介護者の不在、介護者の過労など介護力不足の壁がある
(3)嫁と姑(しゅうとめ)の問題、みて当たり前という世間の目、介護の日々がいつまで続くのか、など精神的な壁がある
(4)共働きをやめて在宅で介護するより、入所させた方が安いという経済的な壁がある――。
甲斐さんは語る。「認知症が進むと元の性格が凝縮してきます。疑い深い人はさらに人を信じなくなり、頑固な人はもっと頑固になる。悪態をついたり暴れたりする認知症患者が自分の親だったら、それを冷静に見ていられるかどうか。体力低下を防ぐためとはいえ、食事を嫌がる親の口に食物を無理に入れられるかどうか。介護職員は『仕事だ』と割り切れるからやれる面が多いのです」
仕事とはいえ、職員たちは入所者を一日も休まず懸命に介護している。一方、親を預ける家族にもさまざまな事情がある。その両者の気持ちがズレを生むこともある。
遠方に住む家族が、久しぶりに施設を訪れて「親がこんなに衰えてしまったのはなぜなのか」と職員に冷たい視線を浴びせることがある。「親を思う家族の気持ちが分かるだけに正直つらい。しかし人が衰えていくのは止めようがない。私たちにできることは、入所者の状態の推移を家族に丁寧に説明することだけです」。甲斐さんは寂しそうに言った。
実際に我が家にも96歳の祖母がいましたので、痴呆の問題や排泄の問題など自宅介護の大変さは目のあたりにしてきました。
その一方で、最後まで一緒にいられたというのは家族として良かったという思いもあります。
家族の数があればその数以上に、いろいろなケースがあり、問題点と解決策があると思います。
どちらにしても、これからの高齢化社会日本においては決して避けることのできない問題だと思います。
投稿者:総合防犯設備士(2008年11月17日14:16:16)





